


機械仕掛けの省エネ住宅。
――
「エアコンがいらない家ってどういう家ですか?」と尋ねられたら、何と答えていらっしゃいます?
山田
まず大前提として、エアコンはべつにあってもいいんです。
エアコンは使いたければ使ってもいい。
ただ、同じ使うにしても、できるだけ稼動時間を減らすとか、パワーを下げても十分効果があるとか、そんな家のつくり方をしませんかというのが、そもそもの趣旨です。
――
エアコンが好きな人もウェルカムだと。
山田
もう全然ウェルカムです(笑)。

――
いくらでも付けてあげる。
山田
10個でも、20個でも(笑)。
これはあくまで仮定の話ですが、もし家庭用のエアコンが、いまに至るまで世の中に存在しなかったとしたら、果たして私たちの住環境はエアコンが普及し始める50年前の状態で止まったままだったろうかと考えることがあります。
おそらく、エアコンがなくてもいまの住宅は十分快適に暮らせるだけの性能を獲得できたのではないかというのが私の結論です。
住宅をつくる材料、工法、その他のテクノロジーは、ここ50年ほどで格段に進歩しました。
それだけでも十分快適な住環境がつくれるはずなんです。
――
むしろ、そちらのほうが正常進化なのかもしれませんよ。
山田
いまさら言うまでもなく、昔からある日本家屋のつくり方それ自体に、高温多湿な日本の気候条件下で快適に暮らせる工夫が随所に詰め込まれていました。
しかし、家庭用エアコンの普及とともに、それまで蓄積されてきた家づくりのノウハウが、一気に捨て去られてしまった。
で、いまどうなっているかといえば、家はどんなつくり方をしても、どんな間取りにしても、「エアコンさえ付けておけば、とりあえず住める」という、非常に短絡的な、薄っぺらい発想がまかり通るようになってしまったんです。
――
先ほどの「先に間取りをつくっておいて、あとから部屋の広さに合わせたエアコンを設置する」というやり方ですね。
要するに、エアコンの普及によって住宅設計全体がスポイルされてしまった、と。
山田
ええ。
だから、ここでいったん仕切り直しましょうということです。
家庭用のエアコンが普及し始める1950年代以前に時間を巻き戻して、もう一度そこから住宅の設計というものを考え直してみませんかというのが、「エアコンのいらない家」の基本的なコンセプトになります。
――
それまでの家づくりの知恵を継承しながら、同時に、進歩した建築材料なども使っていくというハイブリッドの発想でしょうか。
山田
そうそう、ハイブリッド。
私は出張などで地方に行く機会があると、意識的にその土地の古い住宅を見学するようにしているのですが、たまに鳥肌が立つくらい素晴らしい家に出くわすことがあります。
室内空間を快適にするその土地なりの仕掛けを見つけて、一人で大喜びしている。
家全体が、巨大な「気流発生装置」としてつくられているのではないかというくらい、夏の室内に風を通す仕掛けを見つけたときなど、心底感動しますね。

――
そういう知恵を現代にも活かしていきたい、と。
山田
ですね。
あと、ついでに言っておくと、いわゆる古民家みたいなものだけが、家づくりの知恵が詰まった家ではありません。
建築家が設計した住宅でも、1950年代頃までは、やはり夏冬を快適に過ごすための仕組みがしっかり考えられています。
吉村順三さんの図面などもそういう観点で見直すと、じつによく練られているのが分かります。
そういうところにも、ヒントはたくさん隠されているんです。
――
要は、設計の前提としてエアコンに依存しているか/いないか、だけなんですね。
機械仕掛けのエコロジー
――
最近は、「エコ住宅」というカテゴリーが一つの市場を形成するほど、住宅業界全体に大きな影響を及ぼし始めています。
「エアコンのいらない家」もエコ住宅の一種と捉えられるかと思いますが、現在の「エコ住宅ブーム」を山田さんはどう見ていらっしゃいますか?
山田
何をもって「エコ」と呼ぶかで話は変わってきますが、大きな意味で捉えれば、現代の住宅でエコロジー的な要素をまったく無視しているものは少ないでしょうから、逆に言えば、すべての住宅がエコ住宅と言えなくもないですね。
――
ブームというより、スタンダードになりつつある。
山田
そう思います。
ただ、省エネ性をことさら強く打ち出した住宅、あるいは太陽光発電による売電で住宅ローンが差し引きゼロになると謳っている住宅など、そういう住宅は明らかにブームに便乗しているエコ住宅になるのかもしれません。
最近は省エネを極限まで推し進めた、「ゼロエネルギーハウス」なるものも出てきました。
――
ええ。
山田
それはそれで大変結構なことだと思います。
ただ、私が気になるのはそのほとんどが「機械仕掛けの住宅」であるということです。

――
エコ住宅=機械仕掛けの住宅。
山田
そう思いません?
――
言われてみれば。
山田
エネルギー消費を少なくしようとすればするほど、そのための設備機器がどんどん増えていきます。
――
屋根に太陽光パネルを載せ、太陽光を電気に変換するための設備を組み込み、エアコンは高性能なエアコンに買い替え、設備機器はネットワーク化して最適にコントロールしていく、みたいな。
たしかに、大量の設備機器なしでは成立し得ないシステムかもしれません。
山田
現代のエコ住宅は、もはや機械抜きでは生きていけない状態なんです。
――
ダースベイダーみたいに。
山田
そうそう。
家自体が生きるチカラを持っていない。
機械のおかげでなんとか生きていられる。
私には、そんなふうに見えます。
――
しかも、そういう住宅に限って国からの補助金がたくさん出るというのがなんとも……。
山田
その手の設備機器は高額なので、補助金がないとなかなか普及しませんね。
うがった見方をすれば、設備機器メーカーの販売促進のために、国が補助金を出しているようなものです。
果たしてそれが、本当の意味での省エネ住宅といえるのか、ゼロエネルギーハウスなのかという疑問は残りますね。
――
逆に、山田さんの「エアコンのいらない家」には、補助金をいただけそうな要素がまったくありません(笑)。
山田
機械仕掛けじゃないからね。
国の基準では、そういう家は省エネとは言わないことになっているみたいですから……。

人力車か、アナログレコードか
――
そのへんは自動車業界と似ているかもしれません。
ガソリンがハイブリッドになったり電気になったり水素になったり。
環境問題をハイテクで解決していこうという方向がまずありますね。
しかし、その一方で昔からあるディーゼルエンジンを改良することで環境問題を解決していこうという動きもあります。
クルマと住宅を比べても意味がないかもしれませんが、新しい技術をどんどん開発していこうとする動きと昔からの技術に改良を加えていこうという動きと、両方あるのは健全かもしれません。
その点、住宅の場合は片方に寄りすぎているかもしれません。
「エアコンのいらない家」は、どちらかといえばディーゼルエンジンの改良に近いでしょうか。
山田
いや、もっとローテクですよ。
人力車に近いかもしれない(笑)。
――
あるいは、「エアコンのいらない家」はアナログレコードかもしれません。
アナログレコードがカセットテープになり、CDになり、いまやデータのダウンロードになっていますが、その一方でアナログレコードもしっかり復権して一定の顧客を満足させている。
とくに音にうるさい人、音楽好きな人ほど、一周回ってアナログレコードに帰ってきています。
「エアコンのいらない家」もそういう存在になれると面白いかもしれませんよ。
なにしろ、音の情報量をいちばん多く記録するのはアナログレコードといいますから、見方を変えれば、レコードがいちばん贅沢なんです。
山田
そうかもしれません。
何もかも全自動で制御されているわけではないけれど、そこがまた面白いみたいな余地は、住宅にも残されていていいと思います。
一日中窓を閉めっぱなしでもエアコンをつければ快適になる生活より、窓を開けたり閉めたりして風の量を調整したり、日差しを調整したりする家のほうが、よほど人間らしくていいように思いますけど。
(つづく)
