


師匠の教えと東日本大震災以後。
――
そもそも、山田さんが「エアコンのいらない家」に取り組まれるきっかけは何だったのですか?
山田
きっかけというより、長い間「そういう教育」を受けてきたというのが大きく影響していると思います。
独立前に勤めていた設備設計事務所の所長が、なるべく設備機器を使わない設備設計を目指していた方だったんです。
二言目には、「とにかく設備機器を減らす設計をしろ」と厳しく言われていましたから。
その言葉が、いまに至るまで私の設計の通奏低音になっているような気がします。
――
でも、山田さんのお若い頃はバルブ経済真っ盛りでしょ?
設備でも何でも、どんどん付けろという時代ではありませんでした?
山田
おっしゃるとおり。
バブルの頃は皆そうでした。
やりたい放題。
「もう少し設備機器を減らしませんか」と提案したところで、誰も聞く耳なんて持ってはくれません。
コンクリート打放しの建築でも、全面ガラス張りの建築でも、内部を快適な空間にしてくれと頼まれれば、設備側としてはいくらでもできるんです。
だけど、そのために必要になるエネルギー、電気代がどれくらいになるか、あなた分かって言ってます? という思いはありましたね。
もちろん、クライアントにもその情報は知らされていません。
なにしろ設計している建築家が分かっていないのですから、電気代がいくらになるかなんて教えようがない。
こんなバカな話はないと思いましたよ。

――
いかにもバブル的な逸話です。
山田
でも、当時はそういう設計依頼ばかりがやってくるわけです。
こちらも仕事なのでやらざるを得ない。
当然、さまざまな矛盾を感じ始めます。
――
自分は何をやっているのだろう、と。
山田
ええ。
――
だからといって、地球環境を憂うとか、エネルギー問題について危機感をもっているとか、そういう大きな話ではないんですよね。
山田
たんに、「バカバカしいよね」というだけです。
そんな思いをずっと抱えていたものですから、独立して一人で仕事をするようになったら、少しでも設備機器を減らせるような設計をしていきたいという気持ちはずっと持っていました。
――
実際、独立後の仕事はどうでした?
山田
それがなかなか(笑)。
全面ガラス張りの建築で空調機器を減らそうと思えば、ガラスの面積を少しでも減らすとか、建物の配置や角度を変えていくとか、建築の全体像に関わる部分から手を入れていかないと、根本的な解決にはなりません。
でも、私のような一設備設計者の提案を受け入れてくれる建築家は皆無でした。
皆さん、自分がつくりたい建築の形態を、設備側の都合で変えられてしまうのがイヤなんです。
――
そのような状況が大きく変わるのは、やはり東日本大震災以降ですか?
山田
大きな転機という意味ではそうですね。
震災以前も、私の設計に興味をもってくれる建築家は少しはいました。
ただ、やはり業界全体の流れが大きく変わったと感じたのは震災以降です。
いまは建築計画のなかに、「余計な空調機器をいかに減らしているか」みたいな提案を入れておかないと、クライアントの了解がなかなか得られません。
建築家自身も、「環境問題、ランニングコストについて何も考えていない人」と思われるのを嫌がりますから、「山田さん、提案があればどんどん言ってください」とうながされるようになっています。
――
あんなに人の話を聞かなかった人たちが(笑)
誰にも評価されなかった1棟目だったが……
――
「エアコンのいらない家」の第1号は、どのような経緯で出来たのですか?
山田
いまから6年ほど前……ですから震災前の話になりますが、旧知の建築家のもとに住宅の設計依頼があったんです。
で、打ち合わせを進めていくと、お施主さんのほうから、「なるべくエアコンを使わなくても快適に過ごせる家にしたい」という意見が出たらしく、それで私のところに相談が持ち込まれました。
――
そうですか。
山田
すでに図面は大方出来ていたのですが、その図面のままではエアコンを減らすのは無理だと分かり、建物全体のかたちを変えるところからやり直しました。
紆余曲折ありましたが、どうにかこうにか完成に漕ぎ着けたという感じです。
完成後、一緒に設計した建築家が、建築雑誌やその他のメディアに「エアコンを使わなくても快適な家ができました」とたくさんリリースを出したらしいんですね。
でも、そのリリースはどこにも相手にされなかったみたいです。

――
そうなんですか。
面白そうなネタなのに。
山田
おそらく、意味が分からなかったのだと思います。
「なるべくエアコンを使わない」という価値観が、受け手の側にピンとこなかった、共有されなかったのではないでしょうか。
ただ、唯一ひっかかったのが、東京ガスが主催している「住まいの環境デザイン・アワード」でした。
――
それを受賞された?
山田
「環境デザイン最優秀賞」をいただきました。
審査の過程で現地審査というものがありますが、審査員のお一人である宿谷昌則先生(東京都市大学教授)が現地にいらしたとき、私がどういう考えでその家を設計したかという説明をさせていただきました。
すると、宿谷先生はこちらが恐縮するくらいとても感激されたんです。
「これからはこういう家をどんどん増やしていくべきだ」という話で非常に盛り上がりまして。
――
それはよかったですね。
山田
その受賞がきっかけかどうか分かりませんが、それ以降、「エアコンのいらない家をつくってください」という依頼が少しずつ増えるようになりました。
――
第1号の家のお施主さん自身の評価は?
山田
それがうれしいことに、竣工直後より、住み始めてからのほうが評価が高かったんです。

――
竣工直後は誰しも嬉しいものでしょうが、住み始めてからのほうが評価がよかった?
山田
そうなんです。
とくに、その家に遊びに来る子どもの友人たちに評判が良いらしくて、「うちの子がこんなにうれしそうに遊んでいるのを見たことがない」というくらい喜んでくれているんです。
それが設備設計のおかげで居心地が良いのか、たんに間取りが面白いのか、何が影響を与えているかははっきり言えませんが……。
少なくとも、それまで設計に関わった住宅での喜ばれ方と、「エアコンのいらない家」での喜ばれ方はちょっと違うというか……、なんというか「戦友」みたいな感じなんです。
――
戦友ですか。
山田
「エアコンのいらない家」を建てられる方というのは、いざ住み始めると、私のところに住み心地の報告をしてくださる方が多い。
「今年の夏は暑かったけど、なんとかエアコンを使わずに過ごせました」とか。
どの家も念のため1台くらいはエアコンをつけておくのですが、皆さんいかにエアコンを使わずに1年を過ごせるか、ゲームみたいに楽しんでいらっしゃるんです。
――
ゲーム感覚で暮らす。
山田
そうなんです。
べつに無理しなくてもいいですよと言っているのですが、皆さんがんばっちゃいますね。
そういうふうに一緒になってエアコンを使わない生活を楽しんでいるというか……、ある種の共犯関係というんですかね。
――
それが、戦友のような関係を築きあげているんですね。
(つづく)
